「本格推理委員会」 日向まさみち(ネタばれ注意)

だいぶ前、書店で最初見つけたときには、そのタイトルと表紙イラストのアレゲ加減に、見て見ぬふりをしたのだけど、新聞かなんか(ダ・ヴィンチかな)の書評で好意的に書かれていたのを見て、ふと買ってみた。
あらすじ:小中高一貫の学園で高等部に進級した修はいきなり本格推理委員会なる組織に抜擢される。若くて美人でタカビーキャラの理事長あざみが主宰する本委員会には、小柄で気も小さな性格だが学園一の知識を誇る委員長の鈴音、空手部部長にして学園最強の姐御キャラ菜摘、そして、修と同時に抜擢された、修の幼馴染にして能天気、年中爆睡、でも勘だけは百発百中の関西系ボケキャラ椎がいた。本格推理委員会としての最初の仕事は、学園小学部で噂となっている音楽室の幽霊事件の調査。事件に関わる小学部の少女たちが心うちにひめている悲しみとその小さな友情をたどっていくにつれて、幽霊事件は修がおかした3年前の事件へと繋がっていく。3年の間、そこから前に進めずにいた修が幽霊事件の解決へと重い足を踏み出したとき、少女たちの友情と、修とその家族の再生が始まる…。
amazonのレビューでは結構ボロクソに言われているけど、自分的にはそれほどひどくないと思った。むしろ、この手のジャンルの新人にしては日本語も壊れてはいないし、ちゃんとミステリ(それなりに本格)していたことは評価したい。まぁ、ダメな点もあるけど、読むのに費やした時間と金を返せというほどじゃないので、時間がある人、キャラ萌えライトノベルとミステリの融合点を期待している人(なおかつ、どっちかというとミステリ寄りで、少々のキャラ設定の破綻は許容できる人)なら、読んでもいいんじゃないかなと言っておく。個人的には、同じプロットでも書き方がうまかったら、もっといい小説になったんじゃないかと思うのだが。
で、以下、その細かな説明。ネタがマジバレなので注意。


良かった点をまず書いておくと、

・探偵の哀しみが重要なテーマになっている
極言すれば、探偵役は単にあばき立てるだけのワイドショー番組とかわりはない。いかに正当な取材をしようが論理的に導こうが、公衆にあばくことで何らかの二次的被害は発生する。たとえ「真に」真犯人だったとしても、あばかれることで発生する社会的制裁(という名の無意識の悪意)は本人の周辺まで人を越え、さらには時間を越えて及び続ける。
探偵とてその責を逃れるわけにはいかないと思うのだが、探偵小説における探偵というものはそのジャンルが持つ構造的要請によって、そういう責任に対しては特権的に免れている場合がほとんどだ。謎はあばかれないことには小説として成り立たないし、あばかれたら小説世界自体が終焉を迎えるからである。
この作品では主人公が持つトラウマとして、探偵役を演じたがために自らが引き起こしてしまった過去の「犯罪」が据えられている。そのために、昔抱いていた探偵になるという夢を封じ、委員会での活動にも積極的になれない主人公という設定に繋がるのだが、ただこの設定のためだけに用意されたトラウマだとしても、探偵の哀しみに触れている点を評価する。ただし、今回の事件でトラウマを乗り越えた主人公は最後、委員会において探偵役としての立場を担うことを高らかに宣言してしまうのだが。あとは、お助けクラブでもある本委員会の今後の活動が、純粋に人助けにつながることに限定されることを祈るだけだ。

・トリックが成功している
この作品のメインのトリックは叙述トリックである。それも隠された同一性という極めて基本的なものだ。このような叙述トリックでは、本格としての公正さを保つためにはある程度の文章力を必要とすると思うのだが、この作品では意図的か偶然か効果的に描き分けられており、読者(少なくとも自分)を騙すことに成功している。
ただ描き分けと言っても、沈黙と饒舌の両極端であって、その人物がなぜ黙して語らないのか、細かく描写されないのか、さらにはペンネームの件を考えればバレバレな伏線であることも事実。気づかなかったおまえが悪いと言われれば、否定はしないが…。


と、誉めておいてからダメな点を言うと、あとがきで書かれているが、作者が気を配ったというライトノベル的キャラがぜんぜん役立っていないということに尽きる。上のあらすじで書いたそれぞれのキャラの、その特性と特技?がほとんど役立つことなく、単に普通の脇役に成り下がっている。他にも、大した助けをしたわけじゃないのに主人公にすごく感謝されている響とか、存在自体が空回りしている例が多い。
上で書いたようにプロット自体はある意味シリアスなものであるため、そのようにキャラ萌え小説を徹底しないのならば、いっそシリアスな路線・文体で行くべきだった。例えば小学部を中学部の生徒という設定にして、本格推理委員会なる面妖なモノを出さずに普通の高校生が事件に巻き込まれて行くという流れにすれば、オーソドックスだが真っ当な学園ミステリとして十分に成り立ったはずだ。
一方、ライトノベルを志向するのならば、登場させたキャラは確実に活用させないと、異様なノイズとしてプロットの足を引っ張るだけである。前半部、主人公が探偵役を決意するまでがダラダラした感じで続いているが、そこでキャラを存分に動かしておいて雰囲気を印象づけておき、一転してシリアスに。そして解決においては椎の異能の勘が重要な役割を果たして、最後は馬鹿騒ぎの大団円とかなんとか、やりようはいくらでもあるだろう。どこかで見た流れかも知れないが、キャラの必然性がまったく感じられない現状よりはマシだ。
そういうわけで、著者がライトノベルとしてやりたかったことが、全く実現できていない作品なのだった。こういう点がうまく書かれていたらねぇ。ただ、個人的には嫌いじゃない。