今日の読了

67. ○ "グロテスクな教養" 高田里惠子

ドイツ語教師で教養主義者による「教養論」論、または教養主義批判。さまざまな引例をひきつつ、「男の子がどう生きるべきか」を示す教養の没落を描いていくのだけども、議論の妥当性については判断するだけの知識は自分にはない。ただ、なかば意図的な自虐ネタを織り交ぜたマゾヒスティックな文章はなかなか面白かった。
自分も教養主義的な意識は持っているのだけども、教養の没落については、ここまで知が細分化した現代にあっては、王道としての教養がかなり成立しづらい状況になってしまったのではないかと感じている。昔は、知的エリートの「共通言語としての教養」に対してメニューを提示することが可能だったが、知の細分化・相対化によって、共通言語となりえなくなったということではないかと。